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ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

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ニートが語る大学という終着駅(仮)②/社会人制度という労働徴兵が、来る。

もう受験はこの先に存在しない。

 

大学が最後で、もう「アガリ」というわけだ。

 

「ここまでよくぞ生き残ったな諸君。存分に楽しんで逝け!!!!」

 

みたいな気分で。もう勝ち組気分だよ。県下最強の名門校の卒業免許を携えて逝けるんだから最大の勝ち組人生だったからね。もうあんな苦痛なだけの学校の勉強を必死こいてやらなくてよいのだ。

 

もうすでに人生をクリアした気分でいた。

 

大学生だからといって、なにも特別なことはしなかった。高校や中学、いや小学生の時にしていた事となにも違わないような気もする。

 

学校側が指定することをひたすら「気に入られるように」すれば点が取れる。

 

ここでは単位だけど基本的には同じで、指定されたことをするだけだから。作られたテストの用意された答えを記入する。教授の受業を聞いて出席する。レポートという「作文」の受業が多めではあるけれど。そして生活費も学費も親が払ってくれるのだ。

 

 

小学生の時と変わらない。

 

 

こんなことを社会人でやっていたら無職のニート扱いされる非常に危険な状態だけど、学生ならそれがすべて許される。

 

 

教育期間だから許される。

 

 

だって「この教育を受けて卒業免許を取ると後に就職しやすくなってお金を稼ぎやすくなる」というわけだからそれは当然のことだった。

 

そのためにあんなに勉強して受験大戦争を戦い抜いてここに立っているんだ。

 

それまでに、中卒や高卒の際にやることがあるやつは「抜けて」働き出すというだけで、そうでないなら大学まで教育を受けて準備万端の22,3歳でお金を稼ぐ日々に突入するということなのだ。

 

 

「労働徴兵」という「社会人制度」

 

オレにもそんな時がやって来る。

 

 

子供の頃はそんな時が来るのはもう永遠に遠い先のことで、

 

いや、ひょっとしたら「もう来ないんじゃないのか」ってくらいに、明日が遅く感じていたけれど、

 

小学校、中学、高校、そして大学と、その全てを修了しようとしていた。

 

人の一生はどうにもパッケージ化が進んでいて、特別なイベントは学生時代にしか無くて、

 

それはいわゆる「青春」なんて呼ばれる日々。

 

それを終えればあとは労働して死んでいくだけの徴兵が行われて労働者として社会に駆り出されるという。

 

「もうこれからは労働だけして死んでいくのだ」みたいな悲壮感すら漂っている。

 

なぜなんだろうか。大人になってもまだ生きてはいるし、お金はあるし、死ぬまでは何かできるというのに。

 

学生時代は親が生活費も学費もほとんど工面してくれている合法ニート状態だから「好きなことができる」という意味での青春なのかな。

 

社会徴兵制度のなかではほとんど働いてばかりいるので好きなことはできないという時間縛りが青春の風を凍りつかせてしまうのか。 

 

 

労働徴兵恐るべし。社会人許すまじ。

 

 

かつて不登校から労働少年兵ゲリラとして齢13で戦場を駆け抜けた伝説の男が、

 

いま22歳という精悍な兵士へと成長し、

 

またあの戦場へ戻る日が刻々と近づいていたんだ。

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