読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

志持つニートが一人でもやって来て読んでくれればOKだからニートアピールしてるだけやで。
にほんブログ村 その他日記ブログ ニート日記へ
にほんブログ村

ニートがキノコ組み立てて正社員になった話(仮)②/フェアレディZでお山の工場に乗り付ける元無職。

「キノコ工場正社員」の話

月22万円となればそれなりな金額だ。

 

ボーナスももらえるようになったし。

 

時間の拘束は変わらないか、更にキツめにはなったけれど、

 

その分の金はある。

 

この拘束時間もそれなりに慣れてきて、残った時間をすこしは使えるような気構えというか、アタマになってきたかもしれない。

 

 

「車を買ってみよう。」

 

 

小学生の頃にスポーツカーに少し興味を持ったことがあった。

 

勿論のこと『イニシャルD』の影響である。

 

友達の中にハマってるやつが居て、それからの普及行為を受けた結果にハマったというわけである。

 

マツダFD3S RX7」と「日産スカイラインGTRの32」が好きだった。

 

FDのエアロフォルムは小学生のインスピレーションに多大な影響を与えずにはおれなかったし、R32GTRは魔王の如き重厚感と迫力を持ったスーパー四駆でチカラ強くてかっこいい。

 

しかしそれからなんやかんやと精神的パラダイムシフトなどもあって、別に車なんぞどうでも良いわけであるが、

 

他に買うものもないし、

時間のかかるものは買ってもやれないし、

 

じゃあ手っ取り早くそれなりな値段のするスポーツカーでも買うか。ローンでね。

 

しかし現行のGTRはもろ高価い。国内最高値を記録するレベルの超オートマチックな高級スポーツカー「R35」となっている。カスタムしたら保証効かないという怖さ。

 

だからR35は欲しいっちゃ欲しいけどちょっと高価すぎる。

 

今の年齢になるとFDのデザインはすこし困る。何だか成金みたいな感じでシンガポールにいそうなのだ。あのエアロフォルムはフェラーリなどを彷彿とさせすぎてスーパーカー感が出すぎて何だかその覚悟が出ない。

 

と言うか現行機は存在しない。

 

 

だから「日産フェアレディZ」にした。

 

 

悪魔のZということで。湾岸ミッドナイトということで。お値段は現行GTRに比べたら遥かにリーズナブルである。

 

約500万を3年と親父ローンのハイブリッド。

 

まあ、そんなに給料使うこともないし、ええでしょうと。あまり長くすると利息が高くなるし、親父に肩代わりしてもらって親父にきっちり返すことに。無駄使いや甘やかしは嫌いな親父だけど「効率化」は好きなので快諾。そしてキャッシュは嫌う。なんでも「ローンがええよローンが」という。「なにがあるかわからんから」という。

 

 

ドライブに精を出す日々がなんとなしにはじまる。

 

 

せっかく買ったのでドライブにでも繰り出す。

車の免許は取っていた。

 

そう申請すると定時で上がらせてもらえる謎の制度があるのでこれを適用。

 

この日のために使用。

もう妹の送り迎えは要らないのだ。

 

この山道をフェアレディZでキノコの工場にお勤めするのである。

 

あの頃のオレに、

 

非正規労働者たちに、

 

夢を見せてやるのである。

 

ええやろ。

 

「ちょっとイタリアにある良いトマトみたいな色」のスポーツカーが山道を紅く染め上げるのだ。

 

ええやろ。

 

トマトZとか呼ばれてたから。

 

ええやろ。

 

 

休日にはちょっと名所に行ってみたりする。

 

戸隠や上田城高遠城址公園の桜や諏訪大社などなど地元長野県の名所を巡ってみる。

なかなかいいものである。風情もあるし、ゆったりとした休暇が過ごせる。

 

工場労働者の休日にしてはなかなか優雅ではないか。

 

 

親や伯母さんや婆ちゃんを連れて温泉旅行にも連れて行ったりした。

 

何だかもうそれくらいのこともしてやったりする。伯母さんの家には同い年の従姉がいて、子供の頃はよく遊んだからそれなりなつながりがある。

 

婆ちゃんも孫四人を一手にさばいていた鬼ババだ。

 

16歳で子供を産まされた工場労働者である。その頃はオールバックに頭を決めてバイクスーツで鉄馬に跨って颯爽と生きていたという。そして結婚してからは浮気性で飛び回っている旦那をよそ目に労働無双の毎日であったとか。

 

母が言うには口癖が「とにかく働いていればなんとかなる」だったといい、内職までしていたと言うからその豪傑ぶりが伺える女傑である。

 

母はその人にかまってほしくて自殺未遂なんかもしたけれど、結局仕事は一日しか休んでくれなかったのを機に、「そんなもんなのか」と、妙に満足感と納得と諦めがついてアルバイトに出るようになったのだという。そして親父に釣られたというわけだとかないとか。

 

まあそんな我が母系ヒストリーはいいとしても、

 

お世話になった分もあるし、なんとか孝行的に行楽地へ連れて行ったりもしたというわけだった。

 

従姉も同じ年だからそれなりな年齢なわけで。

 

一度短大を出たあとに横浜まで出て保母さんをやっていたようである。しかしいろいろあって戻って来て、家に少しいたあと地元で保母さんをやっているんだとか。

 

そんなことを話したりしながら、

子供の時のような時間も味わったり出来たかな。

 

 「いい事したなあ。」という日々がそこにはあった。

 

休日の行楽地巡りもそれなりには楽しいし優雅だし。

 

ただ慣れるけど。

広告を非表示にする
ニートアピールしてるだけやで。
にほんブログ村 その他日記ブログ ニート日記へ
にほんブログ村