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ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

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ニートがフリーランサーで転戦していく人生(仮)⑧/30代無職の落ち武者。

「フリーター戦線」の話

30代へオレ参上。

 

30代の無職。

 

結局どんなことにも「下積み」があって、それは自分の意に沿わないものであったりするけれどそれでも最初はなんとかやって、「いつか自分のやりたい事」や自分が「良い」と思ったことが、すこしでも人の目につくようにこうして露出を増やしてやっていくのだろうね。なんでもさ。

 

 

そんなことはわかってるんだけど。

 

 

それでもその時その時なんかは「思わずにはいられない」ということであって。そんな不満とも不安ともつかないような不安定な期待になんとかすがりつきながらバイトもこなして「目指しがいのある夢のようなもの」に向かっていた20代だったんだろう。

 

 

そしてそれは気がついたら終わっていた。

 

「他の奴らはどうしてるんだろうな。」

 

 

個性とか、人とは違うとか、そんなことが一番カッコイイと思っていたときは気にもしなかったけれど、結局こうして「大した事ない30代のおっさん」になった今、

 

不意に怖くなったりもする。

 

ウサギとカメじゃないけれど、「地味にコツコツと人の言うことを聞いてしっかりやってきた普通の奴らは今頃それなりに収入があって家庭持ちでやってるんだろうなあ」だなんて比べてしまったりして。別に比べるものでもないのに。

 

そいつらだって「そいつ等なりの苦悩や失敗や劣等感」があって、決して「成功しているというわけではない」のに。

 

 

自分が失敗したからって、

 

いきなりそんな事と比べだして。

 

「そんな事と比べられないもの」だから目指したくせに。

 

 

羨まがりだして。「なにで比べてんだよ」って思って。「結局は結果で比べんのかよ」って思って。

 

自分が10年も頑張ってきたものを「空から一億降ってくれば成功」みたいなモノにしてしまって。

 

そんな誰でも起こりうるような誰がやってもいいような皆と同じものにしてしまって。

 

結局、「普通」なことにしてしまった。

 

「自分がやらなくてもいいようなこと」にしてしまった。

 

10年も人と違うことやったくせに。

 

その間に人がやれないような経験をしたことなんか忘れて、過程を飛び越して「結果だけをくれ」といまさら乞食みたいなことを言い出してしまった。

 

 

 「30過ぎてもダメなんだからもうダメだろうな」って思った。

 

 

「なにがダメ」で、じゃあ「なにを求めていたのか」すらわかっていないくせに、とにかくそんなことを思うものだった。

 

金にならないからダメなのか。だとしたら「金になることをやるために正社員の道に進む必要がある」から「ダメだろう」と考えて辞めるのか。

 

 

正社員並みの金があったらいい人生なのだろうか?

 

正社員並みの時間を支払って?

 

人生の目的はなんなのか?

 

 

それすら定まっていないのに、「なにが良くて」「なにがダメだ」なんてないのに。

 

 

実際、「30も過ぎると気軽にフリーターなんてやっていられなくなる」っていうよ。

 

 

やっぱり「年下に威張られる職場」なんて行きたくないじゃん。

 

普通に考えて。別に年下でも尊敬できる人間はいるし、そもそも年齢なんてある程度に成ればその多寡は関係がないものだし。

 

あくまで理屈の上では。

 

でも「子供の頃から学年でわけられて育って」「年功序列の礼儀のなかで育てられて」「年長者は年下の面倒を見るようにされて」

 

だから慕われて、

 

そのぶん責任もあって、でもそれだからやっぱり一目を置かれて。

 

部活なんかでも「入って早々に先輩たちに50点差くらいつけられて負かされる」ことで序列をハッキリさせるという儀式もある。

 

だから「年上と言えば自分より上な存在だから精神的な抵抗なく従える」みたいな風土は存在する。

 

そして同時に「年下に指図されたくない」ってのもあるから。 

 

そんなこともあるし、いろいろ「採用してもらえない」とか、「自分自身が億劫になる」とか、そんなことで「歳を重ねれば重ねるほど新しく働きづらくなる」っていう。

 

 

なんかそんなこと聞くと気分が滅入るよねえ。

 

 

いまさらだけど。実際30代くらいならそこまでじゃないだろうけどさ。

 

だからむしろ最初から正社員待遇だけ狙っての飛び込みを敢行できるなんていう気概が生まれるかもしれないし。

 

それなら精神的な引け目もないから年下が上司にいる職場でもそこまで問題ないかもしれないし。

 

でも実際はそれでも何社も断られるともいうし。

 

考えるだけではどんどんイメージ悪くなる年代になるし。

 

 

この10年で成功しなきゃいけなかったのかもしれん。

 

 

20代って良かったんだよ。

好きなバイトを好きな時間やって、

あとは好きなことを目指せる。

 

金も時間も夢もあった。夢あったかな(笑)

 

何にしてもこの10年はいろんな事がうまくいって、

うまくいってる気がして、

うまくいく気がして、

 

やれていたんだろうなって。

 

この10年に限ればすごい有利な生き方だったと思う。やっぱり、時間の融通も効くし、金もそこそこあるし、他の生活費は実家があるし、そしてなにより自分に意味もなく期待できて。

 

でもこの10年で決められなかったら、途端に見通しが暗くなった気がした。

 

「30も過ぎて40に向かっていくおっさん」がバイトや日雇いを転々としてる姿に自信が失われて、「30も過ぎて40に向かっていくおっさん」が理想や夢を語って全然相手にされなくて、見世物になってようやくすこしかまってもらえる。失敗続きで才能や期待なんて本当のところでは全然信じられなくなって来てしまって。

 

まあとにかくブルーになっていく。

 

さんざん

「人と同じでなにが楽しいの!」

「人と違う生き方したくねえんだよ!」

とか息巻いていたくせして

 

いざその結果が「人に威張れて人に自慢できるものでなかったら」辞めちまう。

 

欲しかったのは結局

「人からの賞賛」

「人からの羨望」

「人からのおひねり」

だったなんて

 

なんていう「普通な人の人生」なのだろうか。

 

いや、

 

「他人の人生」なのだろうか。

 

 

そんなことは誰だって欲しいんだよ。

 

 

誰だって欲しい。金があればチカラがあって、なんでも寄ってたかってやって来る。人はいつだってそれがほしいんだ。

 

でもリスクがあるから目指さない。だから価値がある。

 

でも、

いや、

だから、

 

この10年に「人と普通じゃないもの」があるとしたら、

「失敗」したことだ。

 

 

リスクを冒して挑戦したこと。

 

 

それはきっと誰に話しても

 

「訴えても」

 

棄却されるだろう被告人の控訴内容だっただろうけど、

 

「10年間はふつうの人が支払っている税金を普通に支払わない代わりに好きにやらせてもらったくせにそれが失敗したからと後悔なんかした罪」への控訴内容だったけれど、

 

オレの三十路心にはその身元受取人になってやることを辞さない構えをさせた。

 

誰かの人生を生きるんだったら勝手にどっかでやってくれていればいいんだから。

 

だが、

 

 

「オレの人生を生きたい」と言われたらオレが見捨てるわけにはいかなかった。

 

 

①ブチブチにぶち進んでやる。

 

30代からなんて屁が出るほどカンタンな人生だよまったく。

 

→「やりたい事なんて後でいい。そんなもんは後でいいんだよベニーボーイ。」

 

②「オレの人生」といえることを捜す。

こんなに後悔することのないような「それ自体に意義があることしか出来ない」というなら、それをやろう。そう、それをやろう。

 

 結局はこういうルートを辿って21歳の時にループしてくるというだけだったのだ。

murakumo25.com

 

少し遅くはなったけど、今から、いや、

 

今までの経験を踏まえた今このときから、

 

「好きなことを捜す」としよう。

 

32歳のこの今から。

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