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ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

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ニートが語る不登校から帰還兵になった話(仮)③/大人たちの戦場に13歳の少年兵が降り立った。

「不登校帰還兵」の話

13歳で働いた少年兵がいた。

 

皿洗いをし、オーダーを聞き付け、承り、厨房へ伝えて、それを自分で調理し、送り届け、お水をお持ちし、会計に応じ、午後休憩には店内の掃除をし、材料の仕込みもして、こんなことを朝から晩まで続けて眠ったと思ったら、

 

また同じことを繰り返す。

 

 

一日15時間労働の戦場をただただ「それしかないから」と駆け抜けた。

 

 

「学校」が終わったら、こんどは「労働」が始まった。

 

 

それが「この世に生きる人間の抗いようもない世界」だと知っていたら、

 

もう「あの場所」には戻らなかったのに。

 

 

 

我が家には世の「圧力」は存在しなかった。

 

父親はとにかく今時珍しいといわれるかもしれない『ゲンコツ厳格パパ』であった。

 

基本的には「怒鳴る」か「ど突く」かして叱り、反論や主張の余地など一部も与えなかった。

 

そして学校へは「いかないなら働け」という単純明快なことだけしかなかった。

 

本人自身は中卒であり、それから家出をし、定時制の高校へ通いながら様々な業種を転々とした超弩級の叩き上げの労働傭兵である。自衛隊にも籍を置いたし、普通の人が嫌がるであろう3Kドカタ職場を主戦場にしてからは破竹の勢いで高給取りとなって自分の店をオープンさせて繁盛させるにまで至った豪腕。そしてそのカネでソフトバンクの株を仕込んで1億円に到達させるもバブルにしてしまった儚さをも持ち合わせる。大型免許も狩猟免許も猟銃も持っているけど、今考えると「変態なんじゃないかな」って思う。

 

 

母親はおよそ教育という観念を持たない『超次元的自由主義者であった。

 

「とにかく好きにさせる」というブレない方針のもとで我々は兄弟妹ともども導かれていった(放任なので、彼女の中ではおそらく霊的なエナジーによってそう思われていただろう)。拘束も束縛も教導もなにもない「家事をしてくれる人」だった記憶しかないけれど。ただし、「よくキレて包丁を持ち出すヒステリー」だけは頻発していたのでその情報は兄弟妹ともども共有されることが第一とされた。起きた事象に対して化学的に処置をするという観点がなかったのかもしれないねっ。もっとも、「歳の近い子供を3人も育てさせられればどんな母親も大抵はヒステリーを起こしたくもなる」ということは最近知ったのだったけど。

 

 

つまり我らが親は「教育」ということをしない人種だった。あるいは「それが一番いい」という考えだった。

 

※我々にとって「教育」の部分は歴史を漁ることで得られた偉人たちの知慧や、あるいはマンガやゲームなどであった。兄だけはそれに加えて学校からのルートを利用してこの世界で通じる誉れ高き職を手にしたけれど。

 

 

だから不登校であっても特別なことは為されず、

 

父「いかないなら働け。」

母「行きたくないなら行かなくていい。」

 

という単純明快なものだった。

 

 

ただし、兄は「おまえが休むとオレが先生からいわれる。」ということであったみたいだけれど、家業をしているという点が結局それを有耶無耶にしてしまったし、なにより「そういうキャラだった」オレが不登校になってもあまり不思議がなかったし、つまりそれは兄の世間体を傷つけはしなかったのだ。妹はよくオレの友達に「廊下で挨拶される。」ということしか漏らさなかった。つまり言ってしまえばオレのスクールカーストとやらはかなり高めに位置していたので世間体的なコトガラから我らが兄妹たちはたいした被害を受けなかったらしい。

 

 

ともあれオレは学校に行かなくなったので働いたというだけのことだった。

 

自営業店を持つがゆえの特異な不登校生活となったのだった。

 

 

 

特殊と言えば特殊なフォールダウンルート。

 

その理由にしたって「いじめ」などのものでもない。

 

ただだんだんと、学校へはカバンも持っていかなくなって、やがて昼を食べたら家に帰って「大航海時代」をプレイして、部活の時間になる夕方にまたやって来る、みたいなことをやりはじめ、遂には行かなくなるというルートで。

 

「オレは不登校の中でも特殊なんだぜ」

 

という中二感をここで出してもしょうがないけれど、

 

不登校」のパターンというのは意外と幾つかあるモノなのだろうと思う。

 

たしかにその本質的なところは同じでも、つまり「精神的にその場所に価値を見いだせない相違」のようなことなのだろうけど、

 

その発現の仕方はそれぞれで、ただテレビなどでは取り上げづらい中2病みたいなものだからあまり知られないというだけで。

 

だってそんなもん取り上げたってそこには「悪者」がいないし、だから誰も責められないし、明確な根拠を示さずに親を責めても視聴率取れないし、

 

つまりそれは子どもたちの自由奔放な「個性」の問題でもあるのだから。

 

ただ、なににせよ「学校が合わない」という点だけは合致する。あるいは「その学校があわない」という点だけは同じであろうと思う。あるいはさらに「その環境では合わない。」

 

そしてその場合にはやはり「そうではない環境へ挑むか」「その場所に適応するように頑張るか」のどちらかになる。

 

ここではとりあえずにせよオレは「そうではない環境へ挑んだ」ということになろうか。

 

いや、

 

ただ「そのフェイズを移った」というだけだったろうし、明確な考えを持たなかったゆえに「逃避」した結果でしかなかったであろうし、何にせよ結果としては、「その環境が変わった。」

 

 

 

とにかくこうして13歳で働いたということなのだけれど。

 

「生まれて、学校へ行って、労働して、死ぬ」という150年このかた主流となった人類のワールドスタンダード(先進国)の3ステップ目のフェイズに移行したというだけなのである。13歳で。

 

人類数千年の有史上たった150年の基本スタイルとはいえ、とにかくそうだった。

 

この時期から「新聞配達をした」だなんていう人もいるから、「働いた」ということ自体はそれほど珍しいことではないかな。当時のオレの友達にも母子家庭の子がいて、その子も新聞配達のバイトなんかをやっていたし。

 

 

そんな頃、オレは15時間働いた。

 

 

朝9時くらいに出て深夜1時に帰る。

 

16時間だった。

 

今思えばこれは親父が「これだけキツければ学校へ戻るだろう」ということでやらせたのだとわかる。

 

それはきっと親父自身も「理由がなければ納得しないから」という考えを持っていて、「行く気がない」人間に、その意味を、本質的な意味でなくとも、やはり自分自身が「とくに考えがないなら行っておいたほうがいい。15歳までは。」という、自分自身の経験からくる正義を執行したのだと。

 

父(心)「15で働けとは言ったけどさすがに13歳は早いだろう(笑)オレも経験ないし(笑)ちょっと嫌なことがあってサボってるだけだろう(笑)」

 

みたいなことだったんではなかろうか。

 

 

 

我が家は幼少期より労働してきた。

 

やはり家が自営業店だから。

 

7歳とかそのくらいから普通に厨房に入って皿洗いをしていた。けっこう本格的に2,3時間はやっていた。腰が痛くなるよね腰が。7歳で腰の痛みを知るんだよね。

 

そこで食べるご飯も「時給から天引きされる仕組み」がすでに導入。

 

本来は親の責務である幼少期の食費を自らの労役によって獲得していたという事態に我ながら感嘆している今日このごろだけれど、

 

ただこの頃からお小遣いというか給料が存在し、

 

同級生が数十円のお小遣いでうまい棒を買う際に、1000円で遊戯王カードを買えるどころか「おごる」ことすら可能だった。

 

これは果たして「教育にどうなんだろうか」って思う。

 

親父としては「早いうちから労働に対する慣れ」と、「働けば報酬がもらえるという旨味」を教えたかったのかもしれないが、

 

実際はどうなっただろうか?

 

①基本的に「労働は嫌なものだ」と認識されるようになったと思う。

 

なぜなら遊び盛の子供が夜7時の「るろうに剣心」タイムに店に駆り出されて労働しなくてはいけないのだから。この時点で「労働イコール悪」という刷り込み現象が生まれる。

 

15くらいに友達に「バイトするのってワクワクとかする?」と訊いたら「あ、するわ」ってニヤついて言われたのを鮮明に覚えている。

 

「新しいことへの期待」と、「報酬を得て何かを買うことへの期待」がそこにはあるみたいだった。

 

 

②小学生でそこそこの資力を持ったがために、物欲がなくなったかもしれない。

 

ゲームも普通に自分たちのお金で買えるシステムだったのだ。ただそのかわりクリスマスも誕生日も存在しなかったし、お年玉はかなり少なかったと思う。

 

とにかく自分で労働して何かを買えるような状況であった。

 

勿論これで「物欲がそれでなくなった」というならばいささか強引であると思うし、別段そう主張する気もないし自分でもそう思ってはいないけれど(別のところに本質があると思うから)、

 

すくなくとも「さあこれでバイトして好きなもの買うぞ!子供の頃のうっぷんを晴らすぞ!」みたいな起爆剤にはならなかっただろうとは経験上言える。

 

 

これ等に関してはオレも兄貴も妹も一貫したキモチだった。(訊いた)

 

ただ兄は普通に大学在学中にコンビニバイトを続けていたし、妹もスーパーのレジ打ちから工場のバイトまで色々とやっていたけれど。

 

なににせよ誰だって「基本的にはやらなくてもいいなら労働なんてしたくない」し、「人に気を使いすぎる雇用形態のなかで押さえつけられたくない」などといった不満は存在するのだから、

 

一概に「幼少期から賃金労働していたので労働が嫌になった」とは言えない。

 

もっともこれは「だから不登校やひきこもりや、ひいてはニートになっていくのかもしれない」という考えの1つではあるけれど、

 

この話はここではこれくらいにしておこう。

 

 

 

1日15時間もの労働をしていた13歳のオレはどう思っていたのか。

 

まだ夏の残暑を残した照りつける日差しのなかで、駐車場に無思慮に捨てられる吸い殻を拾い、黒いTシャツを着ながら草むしりをしていて思ったことは、

 

ただ、オレはそれほど苦痛はなかった。

 

確かに忙しいし疲れるけれど、さらに親父は怖いけど、

 

『理由』は『理解』できたから。

 

働けば金がもらえる。

 

というより、

 

働けば義務を果たせる。誰にも文句だけはいわれない。

 

みたいな意味だけは理解できた。

 

金よりそっちのほうが重要だった。

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