読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

志持つニートが一人でもやって来て読んでくれればOKだからニートアピールしてるだけやで。
にほんブログ村 その他日記ブログ ニート日記へ
にほんブログ村

ニートが語る不登校から帰還兵になった話(仮)⑤/『学内ニート』誕生。ただなんとなく過ぎていく日々と受験戦争途中参戦。

「不登校帰還兵」の話

とは言え特にやることもなく。

 

「友情パワーで戻ってきた」と言うだけであって、この場所で何かをすることを目指してやってきたわけではなかった。

 

しかしこの事からか、こいつ等と遊ぶ時には最近生まれていた「相違」に対して潤滑油のようなものが働いて摩擦を軽減し、友情パワーで付き合えるようにはなったかもしれなかった。

 

つまり「それなりに何かして遊んでいればそれでいいか」みたいな。

 

 

「生きる意味」「人生とはなんだろうか?」みたいな「問い」をほっぽり出したままにして、やってきてしまったのだからそれは当然といえば当然のことだった。

 

 

「そんなもの考えなくてもなんとかなるよ」みたいなことは誰にだってあるけれど、それがないと不自由な心を抱えたままになってしまう人間も居る。

 

生きている間に去来する「なぜ何?」という違和感に対して、それに「答えられるものを持たなければ」知性持つ人間としては「不安」になる。

 

その心の動揺が人生に対する姿勢を崩させ、チカラをうまく発揮できず、

 

やはり「うまく生きられない」といったことに繋がるのだ。

 

 

それはさながら「座りながらにしてフルマラソンを走らされている」かのように。

 

 

それでも放っておいたならば、余計な教育などしなくとも、人は本能的に「走り方」の1つや2つは知っているか身に付けるかしてそれなりに走るというのに。

 

自分で考えて、自分で実践して、自分にとってなにが大事でそうでないのかを最も近くで理解できるのに。

 

その上でさらにプロの指導を仰げばさらに効率的なフォームが身につくといった具合に。それが本来の意味で教育ではないか。

 

それが、

 

その事や「その人」を何も知りもしない教育が余計なことをするがためにめちゃくちゃにされていくこともある。

 

「関わる」ことが問題なのではないのだと思う。

 

それはどうしようもないことだし、あるいは必要なことで、あるいは勇気のいることだろうし、そしてまた価値があるし、その出会いは輝かしいドラマも生むだろうし。

 

「問題」なことは「それ1色の圧力」を生んで、「選択肢もなければ拒絶もできない」ことなんだ。

 

そしてなによりも、

 

人はみんな違うものだ。

 

「それなのに同じ箱に詰めて、合わない者は“去勢”されるか否定されるだけというのはおかしなことだなあ」

 

だなんて思いはあくまでも後々の述懐であって、

 

そんなに大事な「問い」を捨て置いたままにしてオレは中学3年生になった。

 

 

 

クラスにあまり友達はいなかった。

 

友達はいたけれどそれは部活のなかであったり、男らしい人種がいるような子たちが多くて付き合いやすかったというのもあるし、何よりスポーツに熱くなれる同士的な感覚が悪くなかった部分もあるだろうし、昔なじみも居るし。

 

 

対してクラスにはダサい奴らしかいなかった。

 

人種差別的な思想だけれど、この時期なんてだいたいそんなもので、「色気のあるない」などが付き合う人間を決めるようなことがある。

 

勿論それは、オレに対してもそう思われていたのだろうけれど。

 

それぞれにはオレと同じような個性や悩みや考えや人生があって人によって魅力を持つのだろうけど、やはりオレと同じように人からよく見られないこともあるのだろう。

 

まあとにかく合わない。

 

それでも上っ面だけ合わせてすりあわせてみてみれば、それなりに関わることも可能だろうけれど、

 

やはりどうにも感性が合わないのか、「話題にしろ」「センスにしろ」「どうにもこうにも擦り合わない」という思春期でありますな。

 

 

しかしなかには「面白い」と思える子もいた。

 

 

とにかくエロいことばっか考えてるやつね。

 

スポーツの成績は指折りなのに、とにかく行動が4枚目でこの時期の女子たちからはキモがられるだろうけれど、男のオレからしたら面白いくらいにぶっ飛んでアタマが「おっぱい」なやつだった。おっぱいの話だけはできるやつだった。彼は面白いし多分いいやつだった。

 

 

マツコ・デラックスみたいな子とか。

 

今にして思えば、そういったジェンダーフリーな子だったのかと納得するオカマちゃんみたいな子がやはりいた。「ほとんどの男子たちとはほとんど気が合わない」ということで女子たちとおばさん口調でいじりあってるような子で、どこか精神年齢の高さを感じさせた冷静さと寂しさを見せていたようなね。行動がとにかく女子的で、何かちょっとでも対応悪くすると、しばらくコンタクトを控えてきて、かと思えば「手紙を書いて謝ってくる」みたいな。その内容も自己完結的で、「許されなくてもいから、謝ります」みたいな内省的でありつつ、最低限の防衛線は怠りなく張っておくという傷つきやすさも垣間見せるみたいな。

 

 

色々と思春期爆発してるわけですけれども皆さん。 

 

 

愉快と言えば愉快なものだけれど、

 

「自分の居場所」とまでいくとどうにもしっくり来ないものである。

 

あくまでもこういった場所には「ホームがあって偶に来る所」みたいな感覚なのかなって。

 

兄貴を迎えにいく母車に潜んでいくと、その車は真っ赤で有名だったからすぐ見つかって取り囲まれて「不登校をいじられる」みたいな感じが、オレの不登校イメージを悪くしなかったから、さらに「やっぱり学校は意味ないよなあ」だなんて思わせていた。

 

 

とにかく『学校内ニート』だった中学3年生。

 

 

「このままただ時が過ぎれば自動的に卒業へと向かう」という無意味なシステムも終わりに近づいてきていた。

 

成績も、単位も、何もなくただ工場のベルトコンベアのように流れ作業で流されていく学校生活。

 

それはきっと「サンドイッチが横に向いたら無理やり前にする。失敗したら捨てる。」というがごとき効率化のコストダウンによって、

 

遂に全国の子供達は「教育」を受けることが可能となった結果。

 

 

いや「オレが勉強も何もしないから」の結果だった。

 

 

だがさすがのオレも、「よくみられたい」という思春期欲求ナンバーワンとも言える「他人の評価」を気にしないではないし、なぜかもともと「変に評価が高かった」というのもあって、

 

勉強した。

 

発売日が近づくと購入者が増えるあの「締切追い込み現象」のようにして勉強を開始したのだった。

 

理由がなければやる気も出ずに行動もしないオレが勉強した理由とはなんであったか?

 

 

その理由とは「人の評価を下げたくないかも」ということだった。

 

 

「落ちぶれた」とか思われたくなかったんだろう。別に苦労して上げた評価でもないのに。

 

 

「名前を書けば行けるだけの高校」もあったけれど、

 

「みんな受験勉強戦争とか言ってるし、じゃあちょっとやってみるかな。」

 

程度の気持ちでソレは始められた。

 

 

テスト日に休んだ日、ふと部屋のなかで「これやって点取ったらおどろくかなあ」だなんて理科の問題集を一夜漬けした時のことが思い出された。

 

 

その職員室のごちゃごちゃジャージやらプリントやら教科書やらが散乱した一席で追加テストを受けた結果に、それは50点だったときのことを。

 

勉強したところが半分だけ出題してきっちり50点。裏は0点。当てずっぽは全て外れた。

 

この50点は表だけの点数だったが、それはすべて完璧に明瞭に覚えていた。理科の教員はそれでも驚いていたけれど、個人的にはもっと驚かせてやりたかった部分も残していた。

 

 

ていうかこれ簡単じゃない?

 

 

何もしてないやつが一日で覚えたことをすべて点にすることができるのだから。(あとで自分は化学的なことが好きだったとも知ったけど)

 

と言うか「テストってなんの意味があるのだろうか?」なんて思ったものだけど。

 

一夜づけて点が取れて褒められてしまう仕組み。

 

「ナポレオン」の項目をナポレオン・ボナパルトまたはイタリア名でナブリオーネ・ブオナパルテ」と記入すると点がもらえないテストなんてさ。

 

たしかにその回答は鼻につくし子供のドヤ顔も気になるところではあるけれど、それくらいは大目に見てもよろしいのではないかねまったく。

 

 

結局、『中の中くらいの高校』へ進学した。

 

 

その名も「中の中高等学校」(仮称)である。

 

 

親父が定時制で通ったことのある学校というのはあとから知った。

広告を非表示にする
ニートアピールしてるだけやで。
にほんブログ村 その他日記ブログ ニート日記へ
にほんブログ村