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ニートが働いたかもしれないブログ。

無職ひきこもりニートを10年プレイしたひとの妄想劇ブログ。

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ニートが語る高校でニート仮面した話(仮)②/隠れた受験大戦争。

「自分ステルス時代」の話

やがて大学に行くための勉強をはじめた。隠れてやれるから。

 

「理由」はあった。

 

やはり「まだあの場所に行きたくないなあ」というものだった。とにかく「学校に行きさえすれば、あらゆる道理が通ってしまう」この“学校基本社会”だけれど、それに助けられる格好でオレも利用したのだった。

 

学校に通ってさえいれば学生として「認められ」、ニートにはされない。

 

「どうせ学校を出たら働くしかない人生なのであるならば、可能な限り学校を進んでおくのが良いのではないか」と思って進むことにした。

 

というより、学校を出てやりたい事もなければやることもまたなかった。

 

このときはまだソコまでの意識はなかったけれど。ただ、そうしていられるならそうしていられる方が、「あんな嫌な労働の戦場に立たずに済むと思えた」からそうしたということだった。

 

 

部活もやらず、彼女も作らなかったから帰ってきてもそんなにやることがないので勉強をする時間はあった。

 

勿論、ゲームをやりまくっていることはあったけれど。

 

モンハンでオフ最強のランス「ホワイトディザスター」を造るために白モノブロスを延々と狩り続けたし、パワプロでも猪狩くんから「ライジングショット」を覚えるのに四苦八苦で、せっかくそこまで順調に育てた甲子園優勝投手であろうとライジングショットが覚えられなければすぐに消された。

 

 

ただ「高校3年生」というのは「人生の分岐点」としてある種の「終末感」を生む。

 

 

中学の時とは比べ物にならないほどの“進路最終確認(ラグナロク)”が行われ、

 

進学するもの、

就職するもの、

留学するもの、

短大か、

あるいは浪人か、

 

およそ18歳にもなるかならないかという青少年のこの時点で「人生のすべてを決めろ」と言われるが如き様相を呈している。

 

 

そして「大学へ行くことがベストなルート」として提示され、すなわち“正義”となる。

 

 

高卒就職やそうでないことはけっして正義ではないけれど、とはいえ「人間世界の致し方無さ」として「ようやく認められる」という具合なのである。

 

 

つまりなんだかんだで『やる気』にさせる。

 

 

それだから“大学進学”という行為は正義の道を歩むもの”として褒め称えられ、

 

だからこそとりあえずにせよ親からも「真面目に立派に順調に育っているわ」と安心させ、

 

同級生たちからもその学校世界における最大の評価指数であるところのひとつ学力の高さ”と、人間世界における階級的評価指数である“家の経済力から「人間的階級の高い者」として目され、

 

 

それだけで『“その先”へ進める能力高き人』のラベルが貼られる。

 

 

 

「それだけすれば」階級と能力の高い人間でいられるのだ。

 

 

 

そんな、「ある種のゲーム感覚的なやり甲斐」と、「どうせ労働するならできるだけあとに」という思いによって勉強をした。

 

 

勉強は誰にもみせる必要はなかったから、隠れてやれた。

 

 

その中間のテストで点が悪くても「そもそも勉強してないし(笑)」などと道化をしてられるし、家で本格的にやっていられたから出来たのだった。

 

 

自分でも、「何もせずに見た目だけ良くしているだけ」なんてフラストレーションはあったんだ。

 

 

少年ジャンプを読んだり王道のRPGなんかをプレイしていれば嫌でもそれは「なじられているよう」な気分になるから。

 

ただそれでも怖いもんは怖いし、そう簡単にその通りにできたら苦労はしないよ。

 

でもこの頃はそんなに「真正面からそれを受け止めて、いわば自分の非を認めて、弱さを認めて」

 

だなんてことなどできるはずもなく

 

「いやそうじゃないからこれはこういうことだから」って自分を隠し続けていたんだけれど。

 

 

ただそれでもなにか「戦える場所」は欲しかったんだと思う。

 

 

このときはそれが受験戦争勉強だった。

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